何故か画像をアップロードできない・・・
ということで、今回の旅には堀江・阿賀フェリーを利用しました。というのも、そう、今日この航路は政府の無茶苦茶な政策の犠牲者となり約半世紀のの歴史に幕を下ろすからです。といいつつも、この航路自体、前にも言いましたがそんなに使ったことはなかった。港へのアクセスが悪いと勘違いしてて観光港しか利用していなからだ。実際にはJR堀江駅から徒歩3分、その途中にはファミマもありメチャクチャ利便性の良い港だったわけですが。ただ、のって分かったのですが、呉阿賀港の場所が変わってました。前までは徒歩で何とかJR安芸阿賀駅に行けたのですが、新港になってからは徒歩40分に・・。こりゃいかんと思いつつもタクシーもなく、無料送迎バスもただのワンボックスで私は2往復目の便・・・。20分そこで足止めを食らい非常に残念でした。高速道路の無料化に加え、この移転も痛かったのかもしれません。この点については調べてみないと分かりませんが、ここのついては今度写真でも載せます。
話は2時間ほど戻り、、JR堀江駅を降り、徒歩で堀江港に向かう。切符売場にいくと思いのほか人が・・ 最期ということでやはりこの航路を利用しようとする人が多かったのだろうか。窓口のオッサンに大人往復1枚と告げる。無愛想ながらも3,040円ですと私に告げちょうどの金額を渡すと、往路の上陸券と復路上陸券の引換券をくれた。そうだ、そういえばこの船は乗る時でなく、降りるときにこの券を渡すことで通過することができるのだ。それと同時に初めてこの船を使った時の事を鮮烈に思いだした。あれは2001年の9月だ。大学4年生の秋、私はこれまでにない充実した練習をこなすことができ、5000mで自己ベストを出すために呉の記録会出場のためこの船にのった。風でものすごく揺れて、この記録会に出るため同じ船に乗っていたM山大のM岡君(後にチームメイトとなり、高知の家に一番来てくれたのも彼だ)が下船後、監督の車で突然嘔吐するという事件もあった。
それと同時にこの船の凄かったところは、堀江から乗る時は車をバックで入れなければならない(イヤらしい意味ではないです)ということだ。当時愛車だったカローラレヴィンを切り返し、ちょっと怖いと思いつつも車を桟橋から船に入れた記憶がある。結局その記録会では自己ベストを7秒ほど更新し、充実したものだった。一緒に記録会に来ていたイカキからどれほどの記録が出るのかわくわくしながら見てましたと言われたのを今でも覚えている。
次に乗ったのは翌年2002年9月。同じこの記録会に行くためだ。だが、このときは私自身が出るためではない。当時山口に本拠地を置いていたカネボウ陸上部の高岡寿成が出るとの情報をつかんでいたため、どうしてもみたいと思い当時働いていた職場の研修が終わった後に原付を走らせ港に向かい、この船に飛び乗ったのである。どれほど急いでいたかといえば、、駐輪場においた原付のキーを抜くのを忘れていたといえば分かってもらえるだろうか。。この時、船中から携帯でフェリー会社に電話してキーを快く預かってもらった。この経験はいまでも忘れられない。
記録会の結果はと言えば、、高岡は同僚の新鋭、中村悠希に敗れたものの確か13分45秒前後。記録会だったせいか、淡々とした走りだった。カンのいい方は気づいたかもしれないが、次のレースに向けた調整だったわけだ。その次のレースというのがこの半月後、場所はシカゴ。そう、彼はシカゴマラソンで当時世界歴代4位となる2時間6分16秒を叩き出し、一躍世界のトップランナーに躍り出たのだ。思えば、あの時間帯の船に乗れたからこそ意外と貴重な高岡の「本当の全盛期」の走りを見ることができた。車でしまなみ海道では不可能な時間帯である。観光港からもたしか、都合のいい便は無かった。
ただ、この後、自身も勘違いもありこの航路から足は遠のいた。次に、3回目に乗ったのが今回というわけだ。今回の旅も非常に鮮烈なものであった。暑い広島。しかしそれ以上にアツかったのが男子の短距離である。男子100m準決勝。江里口の10"07は強い衝撃だった。実はこの大会で記録的に一番盛り上がったのは私が行く一日前の金曜日。女子200mで福島が23"00。男子200mで高平が20"22という限りなく世界に近いタイムをマーク。続く後続の選手も世界選手権の参加標準記録を上回る走りで非常に見ごたえのあるものだったらしい、、これを見たパタ様を少し羨ましく思ったが、日曜日の100mも十分見ごたえのあるものだった。江里口のこの記録はだれも予測していなく、会場からは歓声というよりはむしろ「追い風に乗ってお前も出しちゃったのかよ~」といった感じのどよめきとでもいうだろうか。
でもまぁとりあえず盛り上がった。私の周りには多分、マニアだろうという人がたくさん座っていてその方々も一人で勝手に盛り上がっていたし(これにはさすがの私もひいてしまったが・・)。土曜日には試合を見に行ったあといったパタ様とパタ様幼なじみの山ちゃんと行きつけのお好み焼きや柳川に行ったら、数時間前に男子100mの予選で落ちたI倉がお好み焼きを食べていたのもウけた。。準決勝に行ってたらここにはいなかっただろうね。。 山ちゃんはイケメンだし気さくな人だ。ぼくのあんな感じの落ち着いた性格になりたいがこんなブログを書いてる時点でたぶん無理だろう。
また、個人的に収穫だったことに上野裕一郎(SB食品)の1500mの優勝が見られたことがある。また今度書きたいなと思っているが、彼にはこれまでの日本人選手になかったものを持っている。フィジカル面でもメンタル面でもね。そこのところをさらに磨けば5000mの12分台や1500mで3'33"台くらいも十分可能と考えている。
暑く疲れましたが十分に日本選手権を堪能し、3人でアクセラでJR広島駅へ。。私は再び呉線に乗り快速に乗って安芸阿賀駅へ。呉線は単線で遅いものの便が多く非常に便利な路線です。無料送迎バスで駅から遠く離れた港に向かい松山への帰路へとつく。
話がそれてしまいました。ホントのところ今回は憂国論を展開するつもりでしたがたんなる“リクバナ”になってしまいました。また明日書くことにします。書き終えたところで確認すると写真をアップロードできるようになっていましたが、今更です。
ただ最後に、これだけ一つ。今回の航路廃止でネットサーフィンしていろいろ調べてみるとブログにで投稿される意見の大方が「残念」と「寂しい」でした。まぁこれが今の日本を象徴しているのかなと感じます。。私はどちらかと言えば「憂い」とか「怒り」に近いものがあります。それってどう違うんでしょうね?いろいろ考えてみますので、考えてみてください。
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